■趣旨/紹介/お問い合わせ

『一海の時代劇なりきり教室』へようこそ♪
当サイトの趣旨は「見て 聞いて 触って―そして体感する」をモットーにした歴史研究サイトです。
歴史を学ぶには色々な方法があります。例えば文献を読む方法、または史跡を探訪する方法、小説やドラマなどを通じて学ぶ方法もあります。しかし歴史を学ぶにはそれだけでは物足りないのではと感じ、甲冑や装束好きという趣味も絡んで立ち上げたのがこのサイトです。
当サイトでは歴史を体感出来るグッズの入手方法から着用法までを紹介いたしております。しかし時代衣装はその性格上、情報が入手しにくいのが現状です。そこで当サイトではどこでそのようなグッズが入手できるのかの情報公開の場として開始いたしました。ビギナーの方から歴史に造詣の深い方々まで幅広くお越しいただけるようなサイトにしていきたいと考えています。また年に数度、装束や甲冑を纏って集うオフ会も開催いたしておりますので、興味のある方はご気軽にご参加ください。

●お問い合わせはカタヤマサイクルにお問い合わせください。
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【一海プロフィール】

■HNの由来
読み方は「いっかい」です。日本一周中に考えました。本名からもじりました。
■誕生日
12月24日。
■出身・在住地
大阪。
■趣味
模型作り、イラスト、旅行、ゲーム、ドラマ鑑賞(大河は欠かさず見てます)。
■目標
大河ドラマの原作者になること。筆名「片山洋一」で歴史作家をやっています。
■好きな大河ドラマ
『太平記』『信長』『八代将軍吉宗』『風林火山』『新選組!』『平清盛』『いだてん』
■妄想経歴
源参国(みなもとのみくに)(197?~)
和泉国大坂の生まれ。幼名は不明。通称・一海。呼称は松屋町殿。二〇〇五年(平成十七)師走、京・平野神社にて将軍宣下を受け、幕府を和泉国に開く。官位は左近衛大将から右近衛大将に転じ、かつ権大納言に任じれた。また将軍宣下の後は慣例に従いに任じられる。
その経歴だが二〇〇二年(平成十四)頃に源姓に改姓し、名を参国と改めた。参国の名は愛読書『三国演義』から取ったものとされている。この変名の理由として「殿上ちゃっと」と呼ばれる平安貴族が集う場所へ参内するためにされた説と、甲冑御深会と呼ばれる行事に参加する折に使用するためにされた説がある。同年からは盛んに御深会に参陣し、その二年後には「甲援隊」と呼ばれる精鋭軍を結成するに至る。現在鎌倉時代の衣装収集に情熱を燃やし、ついに大鎧一式、信玄公の諏訪法性の兜、衣冠などまで揃え、その極に達する。また二〇〇三年(平成十五)師走には念願の一つであった衣冠を着用し、右近衛大将および権大納言に任じられる。これはかつて武権をうち樹てられた右大将家・源頼朝公に倣うもので、その二年後、念願の将軍職に就くこととなった。ニ〇〇六年には甲斐国・石和への出陣を果たした。翌七年には故国・松屋町にて春の陣に出陣し、地元にも基盤を築きつつある。更に関東方面に有志を募り、関東府設立。更には平成二十一年には東海府も設立。活動の幅を広げるに至る。また同年に自宅改築に伴い、念願の松屋町邸を建立。
八年には日本放送協会にて大鎧製作を紹介され、益々悪事を働くことが出来なくなる。
家頁開設十周年を迎え、さらに甲援隊十周年を機に新しき甲冑を購入したことで心機一転、前に進む模様。

劉安(リュウアン)(197?~)
字は一海。帝号は慶順帝(けいじゅんてい)。一説によると倭国から渡来してきた伝承もあり、その祖先は戦国時代の武将・筒井順慶と伝えられている。また日本の武将・源参国と同一人物という説もあるが、その真偽は定かではない。劉安の「安」はその本籍が倭の安芸国であったことから取られたものではないかという説が有力である。2001年9月に時代衣装の入手方法や着付けなどその趣味の世界を存分に発揮した『一海の時代劇なりきり教室』を開設し、ついに2002年5月、皇帝衣装を入手するとともに帝位に昇り、国号を「大漢」と称した。その後は順調に武具や装束など充実させ、平成16年には英雄豪傑を集めた「群英の会」を催すこととなる。平成17年度は大陸へと渡り、更に王朝の基礎が固められることが想像される。十年には神戸の三国志祭に参加。十一年も引き続き参加すべく野望をたぎらせている。